ニュージーランド留学


留学体験談
 

留学生の体験談

留学生体験談 ■ ジェイニュージーランドから留学された学生さん達の生の声です。今、留学を考えている方、これから留学に行く方、一読して参考にしてください。
 ニュージーランド一年を振り返って (山本 寿子)
 一年間の留学を振り返って (長井 大祐)
 ニュージーランドラグビーの魅力について (中西 陽子)
 2年間のニュージーランド高校生活 (清水 智子)
 ニュージーランドの国立大学に合格 (田中 美穂)
 留学エイジェントの勧めるまま、入学しましたが・・・(沼田 敏雄)
 ニュージーランドに留学して (谷 小百合 17才)
 私のニュージーランドの印象  (福岡市 加藤 ちずこ 16才)

ニュージー留学1年目を振り返って(山本 寿子)
最初に私は留学してよかったなと思います。
私はニュージランドでたくさんのことを学びました。そしていろんなことを経験しました。

留学すると決めてから一昨年の10月にフィティアンガとダニーデンという所に学校見学に行きました。初めてホームステイしてとても緊張しました。
なにもかもが日本と違って新鮮なことばかりでした。

まずフィティアンガでのホストファミリーはとてもいい人たちで今でもいろんな思い出があります。
ホストマザーのダイアンとファザーのゲーリと</ SPAN>7歳のダニエルと2歳のベンです。
すごく仲良しな家族で初めてのニュージー生活はとてもいいものでした。
丘の上のすごい景色がきれいな広いお家に住んでいて与えられた部屋もすごく広くてびっくりしました。自分の部屋に小さなキッチンやシャワーやトイレまでついていてベッドも大きくてなに不自由なく楽しい1週間を過ごしました。やっぱり留学したいなという思いがふくらみました。

そしてあっという間に1週間は過ぎ飛行機でダニーデンへ行きました。
ダニーデンでもホームステイをしました。

フィティアンガで2校、ダニーデンで4校高校見学に行きました。
その時は3週間しかニュージーにいなかったのでニュージーがどんな所なのかわからなかったし、まだ学校がどんなものかもわからなかったので期待と不安でいっぱいでした。
そして日本に帰ってきていろいろ考えてダニーデンの高校に1月から留学することにしました。
それからあっという間に出発の1月27日がやってきました。

そして翌日の28日にダニーデンに到着しました。
10月に1回行っていたので空港に着いたときは新鮮な感じはなく新しいホストファミリーが迎えにきてくれると聞いていたので初めての対面が楽しみでした。

空港にはホストマザーが迎えにきてくれました。
新しいホストファミリーはホストマザーのマヤとファザーのジョシュア。隣の家に娘のライアンと孫のセカイです。 それから同じ学校に通っている留学生のジャンです。
ジャンは私の1個上で留学2年目だったのでいろんなことを知っていたので教えてもらいました。ジャンは最初のころマヤには通じなかった私の英語を熱心に聞いてくれて理解しようと努力してくれていました。だからジャンになんでも相談していました。

そしてその1週間後から学校の新学期でした。15歳だったのでYEAR11に入りました。
なんと私の学校はYEAR11の留学生が私一人で最初は不安だらけでした。周りの言ってることがわからず分の言いたいことも伝わらずこのままでやっていけるのかなと心配でした。
ホームクラスにも話しかけてくれる子はいなくてどうしようって思っていました。
初めの2〜3カ月はこんな状態が続いて毎日毎日が辛くて泣きそうでした。授業も全然ついていけなくてこんなんで大丈夫なのかなって思っていました。

でもだんだん慣れてきてある程度英語がしゃべれるようになって相手の言ってることがわかるようになってきて他の国からの留学生の友達がたくさんできて学校行くのが楽しみになるようになってきてだんだんKIWIの友達も増えていって今ではカイナというマオリの親友がいます。

KIWIの友達ができてからは毎日がさらに楽しくて時間がたつのがすごく早かったです。
向こうで親友ができるなんて思ってなかったし洋画を英語で見てだいたいわかるようになるなんて思っていませんでした。
カイナとは数学の授業が一緒だったのでわからないところはいつもカイナに質問して教えてもらっていました。
そしてカイナは日本語の授業をとっていたので日本語を教えたり宿題を手伝ったりしていました。家ではマヤとあまり仲良くなれず少ししか話してなくてジャンとばかり話していました。
半年過ぎてからはいろんなことになれてホストファミリーとも本当の家族みたいでした。
一年間の留学を振り返って (長井 大祐)
留学を振り返っての感想は自分は大きく変わったと思います。

まずは、自分が留学したきっかけは、自分は中学2年の途中から中学3年までほとんど学校に行ってませんでした。そのせいか、親から学校に行くように言われてもまったく行く気が無く家で何もせずに毎日を過ごす日々が増えていきました。そしてある時、父親から留学の話を聞かされました。

最初はまったく行く気は無く、返事も適当に流していたのですが、父親が聞かせてくれた話や自分でNZを調べていくうちに興味が湧いてきてNZに行ってみたいという願望ができました。そして、それを親に伝えて留学をすることができました。

そして、NZに飛び立つ日になった時、自分の中でいろいろな心境になりました。NZの生活になじめるのかとても不安な事もありました。
でも、NZの生活に興味があったので日本に居てはわからない生活ができることや今まで会ったことのない人々と触れ合えるということができるということが自分の中で大きな期待となりました。

実際にNZの生活を体験してみてとても、楽しかった事はいろんな国の人達に出会えた事です。いろんな国の人達と出会えた事で今まで自分が知らなかった事を知り、そしてそれが自分の成長にも繋がったと思います。

NZの生活をして、辛かったことは親から離れる事でした。
NZに着いた初日の夜はずっと泣いていました。今まで、親から離れて生活をするということをしたことがなかったので、それがどんなに辛いことかを実感しました。

そして、NZに行って感動したことは自然のよさと、星のきれいさでした。
日本では見れないほどきれいな星を見た時はものすごく感動しました。手を伸ばしたら触れそうなくらいに近くにあるように感じ、自分はその時、とても特別な体験をしてるんだとわかりました。

NZに行って、まず日本との大きな違いに気付きました。まず、最初に自分の中で驚いたのは、家の中まで靴を履いていくことでした。
テレビで少し外国の事は知っていたものの本当に自分が体験をしてみて改めて驚きました。
もう一つは食事の違いでした。そして、改めて日本食の美味しさがわかりました。

NZで一番苦労していることは、英語で一番苦労をしています。
初めてNZに行った時は、ホストマザーの言う事も分からずに同じ家に居る日本人の方に何回も日本語に直してもらっていました。
今だに英語には慣れず、学校での授業などで何回も聞きなおしたり解らなかったりするところがいくつもあります。

ニュージーランドラグビーの魅力 (中西 陽子)
私は留学を通して学んだことについて書こうと思います。
日本のラグビークラブチームは関東関西九州を中心に小中学生の各チームが 週一回から二回で練習をしており小学生は十一月から十二月、中学生は四月から六月に市大会県大会九州大会そして全国大会へと勝ち進んでいきまがニュージーランドでは全部のスポーツにシーズンがありラグビーは冬がオンシーズンなので冬にしか本格的な練習をしません。

従ってラグビーが出来るのは長くても五ヶ月しかないということです。ではなぜニュージーランドはラグビーが有名で強いと言われるのでしょうか?

私はその答えを見つけました!!ニュージーランドのラグビーはみんな勝敗をあまり気にせずみんなラグビーを楽しんでいるのです。

つらいはずのトレーニングも ダラダラするのではなくみんな一本で終わらせる気で一生懸命走りそのトレーニングの後はタッチフットなど楽しく学ぶところが強さの秘訣ではないかと学びました。
今年も一年間 ラグビーや勉強を楽しく学び 強く成長したいと思います。
2年間のニュージーランド高校生活 (清水 智子)
ニュージーランドでの留学生活では、たくさんの経験をしました。
初めの3ヶ月程は、言葉の壁や生活スタイルの違いに戸惑い、家に居る間はどちらかというと自分の部屋に閉じこもりがちでした。親からも、電話で話を聞くのが一番きつい時期だったと言われます。

3ヶ月を過ぎた頃から、英語を聞き取れる回数が増え、先生やクラスメイトに英語力の伸びを褒められることも増えました。少しずつ自信を回復していた頃に、校内試験がありました。
日本で同様の内容を勉強していた数学はパス出来たものの、他の教科、特に経済学は英語力が重要だったので全く歯が立ちませんでした。

日本の学校では、テストの点数で判断されることが多いので1つもパス出来なかった事にひどく落ち込みました。でも、先生達の変わらない応援と協力、そして点数だけでは人を判断しない態度にとても励まされました。
それ以降は、私自身が点数に拘ることがなくなりました。そして、分からない内容は授業後すぐに聞きに行き、昼休みや放課後を使って特別に1対1で教えてもらいました。

2年目は、ニュージーランドでの高校最後の年でした。
私の学校はあまり大きくなかったので、教科担任が1年目と変わることも少なく、1年目と同じモチベーションで勉強できたと思います。
進路では色々と迷いましたが、進路指導の先生の助言や、実際に地元の大学を見学に行き、最終的にニュージーランドの大学に進学することに決めました。
進路指導の先生の他にも、ジェイニュージーランドのスタッフの方をはじめ、留学担当の先生や教科担任の先生の助力にもとても助けられました。

ニュージーランドでは11月にあるテストの結果で大学進学が決まるということで、2年目は1年目と違い、ある程度のテスト結果が求められるようになりました。
Tutorialに積極的に参加するだけでなく、授業についていけてないと感じたら先生に個人的に指導を求めることも多くなりました。

ニュージーランドの高校での授業は、日本の教育システムとは随分と違っていました。
日本の学校では、『結果』を暗記する事が中心だったけれど、ニュージーランドでは『結果』に至る『過程』を考えて理解することが中心でした。

テストでも、授業内容を踏まえた上で自分の意見を述べるような問題が多く、曖昧な理解だけでは答えられないことにとても戸惑いました。
テストでパスするために、たくさんの練習問題や過去のテスト問題を解き、自分で答え合わせをした上で先生に解説を頼み、理解できなかった問題や曖昧な表現の問題は何度も何度も質問して1つ1つ解決していくように努力しました。
その結果、テストをパスする回数も増え、ニュージーランドの問題傾向にも慣れることができたと思います。

私の1年目のホストファミリーは、両親と娘3人の5人家族でした。Host parentsはしつけにとても厳しくて、衝突することも多々ありました。
初めは英語が殆ど理解できなかったので、家族の会話に参加も出来ず、物静かな人だと思われていたそうです。このホストファミリーは全員がキリスト教徒だったので、週2回の教会とユースグループへの参加を勧められました。

初めのうちはこの家族の生活スタイルの一環として参加していたのですが、勉強時間の関係やストレスから少しずつ回数を減らし、最終的には週1回教会に参加することで落ち着きました。同様に、就寝時間やインターネットの使用時間、電話の使用時間など少しずつ調整し、1年間かけてお互いに負担の少ない生活スタイルに変更していきました。

2年目はホストファミリーが変わり、普段はホストマザーとの2人暮らしの生活になりました。週末には娘2人と子供(ホストマザーの孫)が帰って来る事もよくありました 。
ニュージーランドでの生活に慣れたことや、1年目のホストファミリーに挨拶やお礼を言うことを厳しく躾けられたこともあり、特に大きな問題もなく生活できました。
家族の雰囲気は、1年目のような賑やかさはなくなったものの、2人でテレビについてや学校についてのんびり話す時間が増え、日常会話の向上にもつながったと思います。

ニュージーランドの高校生活は、楽しい事も辛い事もたくさん経験した2年間でした。でも、最終的には自分自身の大きな成長と自立に繋がったと思います。
ニュージーランドの国立大学に合格 (田中 美穂)
私は、ニュージーランドの高校からDunedinにある国立大学に進学しました。
日本の大学ではなくニュージーランドの大学を選んだ理由は、高校で好きになった数学を更に勉強したいという気持ちが強かったことや、日本の大学にあまり魅力を感じることが出来なかったからでした。

ニュージーランドでは、留学生が大学へ進学する方法が2つありました。
1つ目は、IELTSを受けて、大学入学に必要な点数を取り、その後大学が製作するテストを受けるというものでした。
2つ目は、現地の学生と同様の方法で進学するということです。
この方法では、日本のような入試テストはなく、高校最後のテストの成績で進学が決まります。私は、ニュージーランドの高校に2年間通っていたので、2つ目の方法での進学を選択しました。

大学では、数学と教育学を専攻しています。高校が少人数だったので、入学当初は100人単位の学生が受けるlectureにとても戸惑いました。
今までのように、授業中や授業後に先生に質問する機会があまりないことにも焦りました。

逆に、tutorialと呼ばれる少人数のクラスは高校の授業風景にとてもよく似ていました。Tutorialでは、lectureで曖昧だった内容を詳しく勉強し、グループディスカッションを中心に意見の交換をしました。
エッセイを書く上で、tutorialは欠かせないものだったと思います。
1年目はエッセイの書き方や採点ポイントなどの詳しい説明もありました。

大学での課題提出は、高校の時に比べて少なくなりました。
私は教育学でエッセイを前期に2つ、後期に2つ提出しました。数学ではエッセイなどは全く無く、毎週課題プリントの提出と3週間に1度あるコンピューターテストを受けました。
課題提出は個人の責任になり、先生から未提出について何か言われることは全くありませんでした。また、高校と違って提出期限がとても厳しかったです。
病院の診断書などの正式な文書無しでは5分の遅れでも減点対象になりました。

私は、文法などの英語力で現地の学生に比べて遅れがあったので、提出の遅れで減点されないように早め早めの提出を心がけました。
私が大学で一番戸惑ったことは、教授がすぐに変わるということでした。
教授により教え方やスピード、推奨する参考書が変わることも多く、講義の雰囲気にも違いがありました。
新しい授業スタイルに慣れるのに少し時間がかかる私は、慣れても慣れてもすぐに変わる大学のスタイルに中々馴染めませんでした。

1年終わった今でも、戸惑いはありますがこれが大学のスタイルなのだと受け入れ始めています。これは、少しずつ慣れていくしかないと思います。
ニュージーランドの大学は入る事は簡単でも、卒業する事は難しいと聞いていたけれど、実際に入ってみてその事を痛感しました。

でも、教授をはじめ大学の関係者の方々はとても親切でユーモラスなので、大変な勉強の中にも楽しさがありました。
大学では高校とは違った辛さを感じることもありますが、自分の決めた目標に向かって自分のペースで進むことが出来ます。
今は、大学卒業とその後の就職を目標に大学生活の中で出来ることを精一杯頑張ろうと思っています。


留学エイジェントの勧めるまま、入学しましたが・・・(沼田 敏雄)
私はニュージーランドの高校に日本の留学エイジェントの勧めるまま、何も分からず共学の高校に入学しましたが、学校が好きになれず、翌年女子校に変わりました。

学校を決める前にカウンセラーの勧める学校を数校訪問し、カウンセラーの勧める学校に決めました。ニュージーランドに来て3年目で、高校最後の年です。
来年は日本に帰って大学へ行くか、こちらの専門学校に行くか迷いましたが、カウンセラーと相談して、専門学校に決めました。

1年目に浮ついた気持ちだった思いますが、私のミステイクをカウンセラーから本気で叱られ、泣き出してしまいましたが、それから本気で、こちらの生活に取り組むことができたと思います。
私には、カウンセラーご夫婦は、親代わりですし、かけがえのない友達だと思います。
困ったときに、いつでも行ける所があるのは、とても安心です。
ニュージーランドに留学して (谷 小百合 17才)
誰にでも思い出すだけで、メランコリックになるような事があると思います。
2年半前の逃亡は現実を自分からの逃亡でした。
そして、それは私も私の家族に大きなダメージを与えたと思います。
それまでたいした心配もかけずに育った娘が突然学校に行かなくなったとすれば、やはり大事件です。 でもそれは、娘にとってすれば通らざるをえない道でした。
自分の才能が見つからなくて、可能性の限界をおそれて、未来は漠然とした不安でしかありませんでした。 それとも、ただ怠けていただけなのかも知れません。

ふと気がつけば、私は大人になる事を要求され、私は何も分からない無知な子供だったのに、もうそれが許されなくなっていました。私の中の最後の抵抗だったのだと思います。
ただ一つ確かな事は、あの頃自分が情けなくて、かっこ悪くて、周りの人にも私が私である事を恥じるほどに心配をかけて、もう総てが終わってしまったと感じていました。それから私は、チャンスを得たのです。もう一度始めるチャンスを。

ニュージーランドに来て学んだ事は、余りにも沢山あって数えきれません。
今まで当たり前に存在していた私を愛してくれる家族を、当たり前ではなく、本当にありがたいと思うようになった事も、他人の優しさに触れて気がつきました。そして最も大切な生きるということを学んだのです。

ただ呼吸して、食べて寝るだけではない本当に生きるという事をです。

私をニュージーランドに連れて来てくれた偶然と家族と異国での私の保護者であり、多くのアドバイスやチャンスを下さったスタッフのみなさんに心からありがとうを言います。

最後に遠回りしながら大人になろうとしている若い人達が、もう一度一生懸命生きられるというチャンスが得られる事をもっと自分が好きになれるチャンスが得られる事を願います。
だって私は今、生きているという事が嬉しくてしかたないからです。
私のニュージーランドの印象  (福岡市 加藤 ちずこ 16才)
私がニュージーランドに来て思った事は、街の中に緑がいっぱいあった事です。
日本にもあるけどそれ以上に沢山あり、この国は、緑が多い国なのだなと思いました。景色も何処かで見たような絵になる景色でした。
日本とは全然違う印象でした。家から見えた夜景も、自然に存在しているようでとても神秘的でした。

ホームステイ私は、初めての経験で、未だよく分からないけど、私の感じでは、家族の人達はとても良い人達だなという事です。
皆で助け合って生きて行くのだと感じました。良くまとまっていて、とてもやさしい人達です。
初めのホームステイに対して不安を抱いていた私は、大変安心しました。お母さんはとてもやさしく、お父さんは、面白い人で毎晩ジョークを言って皆を笑わせてくれます。
子供達もとても可愛くて、後ちょっとしかこの家に滞在出来ないのが、とても残念です。

ニュージーランドの雰囲気は、田舎のところは、とても田舎でのんびりしていて、街に出ると、個性のあふれる人達が沢山います。
一番すごいと思った事は、ゴミが1つも落ちてない事です。とても感動しました。
ニュージーランドの人達の性格が表れているのじゃないかと思いました。全体の雰囲気は、街全体がのんびりしている、そして皆とても親切です。
すごく暮し易い国だと思います。

英語の勉強もしばらくやっていなかったので、とても心配でしたが、先生が日本の人なので固くならず、楽に勉強できました 。
何より良かったのは、先生と色々な所に一緒に行って実地に英語を使って練習出来た事です。

来週から高校に入学しますが、2ヵ月前までは、留学なんて考えてもいなかった事なので、夢のようです。絶対頑張ります。


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